箏と琴はどう違うの?
 「現代琴」(ゲンダイコト)と云っおりますが、開発は岡村流現代箏研究会です。また現代琴といっても特別な楽器という訳ではなく、「現代のお琴」という意味で従来のお琴に改良を施して演奏を容易化した楽器です。
 お琴・お琴といっておりますが、正式には「箏」が正しいのです。しかし、現在の日本では何故か箏の字はなじまれておらず、箏曲という箏のための古典曲を指す場合にのみ使われており、現代箏を現代筆(フデ)と読んでどんな書道なのですかという問い合わせまである始末なので、比較的最近、箏を琴に改める妥協を余儀なくされております。
 さて、箏と琴の基本的相違点ですが、先ず箏は弦の数が多く一本一本原則的に音程が決められているもので、西洋のハープが典型です。東洋の箏はハープを横に寝かせたようなものと考えて下さい。これに対して琴はバィオリンやギターのように弦数が少なく竿部分で弦の長さを人為的に区切って沢山の音程を得る方式が琴なのです。ちなみにバィオリンのことは邦訳すると携琴となります。鍵盤楽器と区分されているピアノやチェンバロも基本構造は箏と云えましょう。このように同じ弦楽器でも発音構造が明らかに異なる訳ですから本来は「お箏」と書くべきなのでしょうが、前述のとおり箏の字はあまりになじみが薄く、関係者の皆が仕方なく琴と書いてしまうので、益々琴が巷に定着してしまいました。夢琴倶楽部でも、しばらく箏で頑張ってみましたが、筆(フデ)と間違えられる事故の多発でついに降参させられたのが実情です。
 このような事情をお含みおきいただきPR文などの混乱をご容赦下さいますようお願い申し上げます。
現代琴は和楽器?洋楽器?
 一般に琴は和楽器の典型といわれております。しかし、楽器を洋楽器、和楽器と区分すること自体あまり意味がないのではないでしょうか。純粋の和楽器というなら遠く縄文、弥生の頃から伝わっていなくてはならず、太鼓や笛の類はともかく弦楽器としては琵琶、箏、三味線などほとんどが大陸から伝わったものが日本で様々に発達して現今に至ったと考えられ、その大陸に伝わった起源がエジプト、アラビアやらヨーロッパであるなら正に地球規模で楽器の移動発達があった訳で、和とか洋とかの区分自体おかしな話なのです。現在の日本での区分は洋楽器が比較的最近西欧から伝わった鍵盤楽器とかバィオリン属等の弦楽器、管楽器などを指し、江戸時代以前から日本に存在した楽器を和楽器と大ざっぱに分けているに過ぎないといえます。
 では現代琴はどちらに属するのかというと、姿形は箏そのものですから和楽器、しかし機能は洋楽器と同じなので、さてどちらでしょうか。少なくとも邦楽ばかり演奏する訳でなく、洋楽も邦楽も何もかも弾けてしまうので邦楽器でないことだけは確かかもしれません。どこに属するかは皆さんが勝手に決めていただいて結構です。ちなみに、あるカルチャーセンターでの現代琴講座で講座別のジャンルに分ける場合、和楽器なのか洋楽器なのか困ってしまい、単純に器楽というジャンルになったといういきさつもあります。
どんな曲が弾けるの?
 一概に云ってしまえば何でも弾けます。といっても具体的な曲名を挙げると、まさに無数といえるので、ここではジャンルのみを列挙しておきましょう。 
 *箏曲、童謡、唱歌、邦楽、民謡、歌謡曲、ポピュラー、クラシック、ジャズ、シャンソン、カンツォーネ、ラテン、タンゴ、ボサノバ、フォークソング、ロック、アニメその他なんでも……
 要するに全ての音楽が演奏対象となります。しかし当然のことながら曲別に難易度は極端に異なりますので童謡は簡単に弾けても、バッハはかなり手強いのは当然です。
修得期間は?
 お問い合わせの100%に近い方々から、どの位の期間練習すれば上手に弾けますか?というご質問を受けます。さて、これだけは明快なご返事に窮します。何故なら個人別に練習時間の長短、上達意欲の度合い、音楽環境の良否など様々な条件が異なりますから一概に何年何ヶ月ですとは云えません。ただし、あらかじめ条件を決めておけば極めて大雑把な回答は可能かもしれません。典型的な条件を仮に設定してみましょう。
(条件)*毎日30分程度の練習時間は確保できる。
*名人たらずとも、ある程度楽しめる程度には弾きたい。
*家族に反対されて邪魔者扱いにされることはない。
 以上はごく普通の愛好家の希望です。この条件と仮定するならば統計的に次のように大雑把な修得期間を申し上げることができます。
 つまり、やさしいメロディーのみ(童謡・唱歌・歌謡曲など)の演奏は3ヶ月〜6ヶ月あれば十分可能です。簡単な伴奏付独奏曲も一年もあれば、かなり楽しめる程度には演奏可能といえましよう。名人級の演奏家になるには? これは???です。
要するに楽器演奏の上達度は、間違った方法で練習しない限り練習時間と正比例すると考えて差し障りないと思います。
上達しなければいけないの?
 最高の音楽を目指したとしたら、それはそれは容易な業ではありません。無限に近い奥の深い音楽を極めることなど人間の一生では不可能でしょう。では極められないと判ってる音楽を人間はどうして性懲りもなく追いかけるのでしょうか。登山家に何故山に登るのかと訊ねると「山がそこにあるから」という答が返ってきます。音楽も同じだと思います。音楽する心とは結果でなく、結果を追い求めるプロセス(過程)にこそ本当の価値があるということを誰しもが意識的、無意識的に感じているからなのです。
 夢琴倶楽部では皆さん全員が世界一の名人になるような指導はしておりません。お琴という発音道具を使って楽しく音楽し、日々の生活に一層の幸福感を加えることができるよう指導することをモットーにしております。従って指導者養成のコースでもその延長線上にあるので、決してコワーイ先生になってしまわないよう人柄も優しい音楽も易しい先生を養成するよう心がけております。結論は簡単です。上達の必要はありません。だだお琴の音に浸るだけで幸せ。
爪の形はいろいろあるが?
 ご承知の方も多いと思いますが、従来のお琴の爪は2種類あるといわれております。爪の先が四角いのが生田流、丸いのが山田流と流派の代名詞にすらなっております。
 使う爪の形によって同じ琴を使っても音質がやや異なります。弾弦の際、角爪は爪の角を使うので弦との接触面が鋭角なため硬いシャープな感じの音質となり、丸爪の場合は面の接触となるため角爪と比較するとソフトな音質が得られます。勿論どの爪を使っても弾弦位置やタッチの角度の工夫により様々な音質変化は可能です。音質のシャープとかソフトとかは弦楽器の特徴である倍音の効果により変化が生ずるのですが、倍音に関する詳しい説明はやっかいなので、ここでは省略させていただきましょう。
 ところで現代琴ではどんな爪を使うのかというと、実は最初は角でも丸でも何でも良いのです。
しかしある程度習熟して4声の和音(弦を4本同時に弾く)を発音するとき、従来は親指・人差指・中指の3本使用でしたが現代琴ではそれに薬指を加えて4本の指を使用しますので、日本人の平均的な各指の長さのバランスから従来の爪では良好なタッチ角度が得にくいので、上級者になるとギター用のセルロイド製ピックに加工を施した爪を使います。この爪は弦に向かって三角形となっているので三角爪といっております。三角爪の採用で和音やアルペジオ(分散和音)の表出が極めて容易になりました。それにこの爪は極めて安価なのも魅力で紛失してもさほど気になりません。ちなみに現代琴には角爪と三角爪の両方が付属品として付いております。
現代琴は芸術なの?
 一般に音楽とか文学とかは、いわゆる芸術なのか芸能なのかという区分を特に日本人はするようです。でも、どこに境界線があるのか誰にも判っていません。わけも判らず芥川賞は芸術で直木賞は芸能だというような無茶苦茶な理論がまかりとおっております。音楽の世界でもクラシックは芸術でロックは芸能だ、というような説が一般的ですが、それでは一体芸術とは何でしょう。
 簡単に云えば他のものより優れているという自己満足を文字にしただけのものなのです。では優れているとは何でしょう。理論的、楽理的にすぐれているか、いないかは即座に判断できますが、いま現在生きている人間にアピールしているかどうかは、時の流れに身をまかせて変遷する人間の感情の変化で時代とともに著しく変わります。ちなみに「ビートルズ100年経てばクラシック」という有名な言葉があります。また、ある地域では熱狂的に支持されている音楽も他の地域では見向きもされないことなど、歌は世につれ世は歌につれではありませんが、芸術と芸能の区別など全く無意味なものとお考え下さい。現代琴はただ黙って世界の音楽を奏でるのみ。
始めてみたいけど迷ってる
 これをお読みになっている方は全てお琴に興味を持っている人に違いありません。素敵なお琴の音で好きな音楽を奏でられたらいいな、とお考えの方へのアドバイスです。
 お稽古ごとに限らず新しいことを始めようかなと思ったときは必ず迷うものなのです。そして先ず考えることは自分にできるかな?ということでしょう。でもこの迷いは全くナンセンスなのです。何故なら、できるかできないかはやってみなくては判らないことなので誰にも回答が出せない質問なのです。どんな楽器でも半年くらいはおさらいしてみなければ見当もつきません。しかし現代琴に関してのみ云えばとても高性能にできておりますので、世界一の名手になりたい人は別として五体満足で無闇に高望みしない限り99%の方にご満足いただいております。迷ったときがチャンスです。このチャンスに現代琴の世界にお入りになりませんか。
演奏家と指導者はどう違うの?
 スポーツの世界では、かなりはっきり区分ができております。野球やサッカーなどの試合の現場の選手が音楽でいう演奏家であり、監督やコーチが指導者であってお琴の師範とか師範代、講師に該当いたします。ところが日本の音楽界ではどうもこの区分が誠にあいまいで、演奏家なのか指導者なのか混然としているのが実情です。
演奏家とは主たる収入源が演奏によるものを指し、主たる収入源が指導によるものが指導者といえますが、日本では残念ながら音楽文化に関しては世界的にみて後進国と考えられ、音楽を鑑賞するという習慣が極めて乏しいため容易には演奏家が育ちません。日本ではいかに優れた演奏家でも生涯お弟子さんを一人もとらずに、演奏だけで生活し切れる人はよほどの資産家でもない限り極く稀といえましょう。
夢琴倶楽部では現代琴の指導者養成講座を常設して積極的に普及に努めております。つまり、スポーツでいうコーチの養成に当たります。コーチの役割は自分が鮮やかなプレイをすることでなく選手が鮮やかなプレイをするよう指導することなのです。といって自分が何も出来ないのではどう指導したらよいか判りませんから、生徒さんより少なくとも一歩だけは進んでいなくてはなりません。現実に指導者の資格を取っている人でも積極的にお弟子さんをとっている人は、生徒の前で恥をかきたくないのが人情ですから自身の勉強にも熱が入り一段と上達するものなのです。そして、どんな小さな演奏会でも、例えノーギャラでも、ほんの僅かなお車賃ででも、演奏の依頼がくるようになれば演奏家の卵といえましょう。さしずめ家元はスポーツでいう監督で師範・師範代・講師はコーチという役割です。そして本当の演奏家は愛好家の皆さんです。
ボランティア活動したいが?
 ご承知のように日本は世界一の高齢化社会です。国をあげて対策を講じているのでしょうが高齢化の進行のほうが早くて追いつきません。生き甲斐を自身で見つけられているうちは良いのですが、人は必ず老いて自身での活動力を失います。こうなったら姥捨山ではあまりにも寂しいことですね。しかし現実には養老施設で退屈極まる人生を送らざるを得ない人達が沢山いらっしゃいます。元気と時間がある人は是非とも人生の大先輩である年配者にボランティアでお琴を弾いてあげて下さい。施設では各種のボランティア演奏会が組まれますが、とりわけ心なごむお琴の音には年配者のあこがれやノスタルジアがあるためか、それこそ涙を流して喜んで貰えますので、演奏者のほうがホロリとさせられてしまいます。自分も楽しみ、ひとに喜ばれるのは冥利に尽きるといえましょう。
ちなみにボランティアで弾く曲は難しいものは不必要なので、半年前後の修得で活動を開始している人が沢山いらっしゃいます。
教室で習いたいが?
 自習だけでは不安なので、しっかり勉強したいというお問い合わせが沢山あります。本部では全国に現代琴教室を展開すべく、指導者の育成に専心しておりますが、音楽の指導者はそう簡単に育成できるものでもなく、現在では限られた地区にしか教室は設置されておりません。講座に関するお問い合わせや資料請求は次のいずれかで岡村流現代箏研究会あてお願いいたします。現時点での詳しい情報をお知らせいたします。
★電 話 045−314−1185
★FAX  045−312−4120
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